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バースデイで長嶋茂雄が「松井秀喜のドラフト」真実を…|ヤクルト伊藤智仁との関係は?【松井秀喜×長嶋茂雄】

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10月26日に開かれるドラフト会議。

それをまえにTBSバースデイで、25年前のドラフトについて放送される。

 

そう25年前とは、松井秀喜さんが、長嶋監督に引き当てられた運命のドラフトだ。

 

 

10月21日放送バースデイ「松井秀喜のドラフト」

今から25年前のプロ野球ドラフト会議。

超高校級スラッガー松井秀喜と運命のカードを引き当てた長嶋茂雄が、今だから語れるドラフトの真実を語る。

 

 

ドラフト会議前から多くの注目を集めていた松井秀喜

ドラフト会議の目玉となった松井秀喜のもとには報道陣が殺到。

その結果、11月になると星稜高校の校門前に毎日多くの記者やカメラマンが待機するようになったのだ。

「このままドラフト本番を迎えれば、えらい騒ぎになる」との声が地元で上がり始め、ドラフト前には異例の「報道規制」が敷かれた。

参照:Wikipedia

 

松井秀喜はドラフト前、こう語る

ドラフト前には憧れの球団である阪神タイガースに加え、読売ジャイアンツ中日ドラゴンズ福岡ダイエーホークスを希望チームとし、その他の球団から指名された場合は駒澤大学へ進学することをほのめかした。

 

松井意中の球団▼

 

松井希望球団▼

 

ドラフト会議「結果」

1992年11月21日に行われたプロ野球ドラフト会議

 

松井秀喜さんは、阪神・巨人・中日・ダイエー(現ソフトバンク)から指名を受けた。

抽選の結果、巨人が交渉権を獲得。

抽選は長嶋監督がつとめた。

 

    • 契約金:1億2000万円
    • 年俸:720万円
    • 背番号:「55」

 

巨人が引きあてたあとの松井の様子

当時の松井は阪神入りを熱望しており、ラジオで交渉権が巨人に決まったことを知ると、記者会見で複雑な表情を浮かべ、

阪神に行きたい、という希望がありましたから。まだ整理もついていないけどその気持ちも次第に薄れていくと思う」

引用:Wikipedia

 

しかし、その後、長嶋から直接電話を受けて感銘を受け、すんなり巨人入りを決めたのだ。

 

ドラフトの真実

松井秀喜は、ドラフトまえ阪神タイガースでのプレーを望んでいた。

 

番組放送終了後に更新します。

 

伊藤智仁を指名する予定だった巨人

もともと、巨人フロントは松井秀喜ではなく、三菱自動車京都の伊藤智仁(全ヤクルト)を指名する予定だった。しかし、長嶋が松井の獲得を熱望したため松井指名に切り替えている。

 

ちなみに、伊東はヤクルトに入団し、野村監督のもと輝きをはなった。

ケガに悩まされたが、プロ野球ファンの記憶には鮮明に残っているだろう。

 

伊藤の成績▼

プロ通算7年

37勝27敗

獲得タイトル:

新人王 (1993年)

カムバック賞 (1997年)

月間MVP:1回 (1993年6月)

JA全農Go・Go賞:1回 (最多奪三振賞:1993年5月)

 

伊藤に対し、選手・監督も絶賛

古田敦也

「あの高速スライダーは捕手だからなんとか捕球出来ているが、もし自分が打者だったら絶対に打てない」

 

プロ野球評論家 青田昇:「プロ野球史上で本当のスライダーを投げたのは、藤本英雄稲尾和久伊藤智仁の三人だけ」

 

野村克也(当時ヤクルト監督):

「長いこと監督をやってきたけど、あいつがNo.1だよ」

参照:Wikipedia

 

 

 

 

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